結局、1時間目は生活指導の春日にこっ酷く叱られた籐夜は2時間目から授業を受けることになった。
ただでさえ1ヶ月遅れての登校、そして登校初日にまさかの遅刻。
しかし遅刻したのは自分の所為ではない、学校が悪い!!!!!…と脳内で何度も誰かに言うわけでもなく言い訳をする籐夜は現在、担任である夏目の後ろについて教室へと向かっていた。
この学校は少人数制の教育が有名で、1クラス25人編成の1学年4クラス。
クラスは年度末に行われる試験で決まり、頭の良い順からAクラスとなっている。
もちろん、学費免除を受けている籐夜はAクラスでも上位5人のみとなる。
職員室のある階から一つ上がり、教室が並ぶ階になると生徒の人数が一気に増え、籐夜の身体が強張った。
Dクラス…Cクラスと横を通り過ぎるが、籐夜を見る視線は絶えることはなかった。
もともと1学年の人数は多くない、それに高等部のほとんどの人間は中等部からの持ちあがりなので誰が高等部からの編入生なのか一目で分かるわけだ。
そして噂も広まっている…Aクラスで不登校の奴がいると――――――――
すると、前を歩いていた夏目のスピードが段々ゆっくりになり、まるで時間を見計らっていたかのように教室の前に到着すると同時にチャイムが鳴り響いた。
そして教室の扉に手をかけた夏目はため息をつくと籐夜に背を向けたまま告げた。
「はぁ、教師の俺から言うのもどうかと思うが…気をつけろよ?」
――――――――――また?
籐夜は同じ日に2回も同じことを言われたが、全くその言葉を理解することができなかった。
首をかしげているものの夏目は籐夜に背を向けているので気づくわけがない。
籐夜が疑問に思っているにも関わらず夏目は教室の扉を開けて中へ入っていった…
「授業を始める前に今日から復学する生徒を紹介する。黒江、入ってきなさい」
籐夜は一息ついてゆっくりと足を進めた。
籐夜が教室に入った途端、何か品定めでもするようなクラス中の視線が突き刺さる。
その視線が気持ち悪い…元々目つきの悪い目がより一層細められ、眉間にシワが寄る。
何とか教卓の真横に立った籐夜は意を決して顔を上げた。
その瞬間、品定めするような鋭い視線がなくなり、次は品評会と言わんばかりに隣近所のの人と何やらコソコソと話している。
やはり目の前でコソコソされるのは見ていて気分のいいものではない。
しかしここはきちんと自己紹介をしないと…と思いながら震える唇を動かした。
「黒江…籐夜です。よろしく…」
「じゃぁ黒江は……香月の隣が空いているからそこに座れ」
「あっ、はい…」
最悪な自己紹介だ……
そして夏目に指定された籐夜の席は窓際の後ろから2列目。
机の間の通路を通ると、教室に入ってきた時よりも強い視線を感じる。
籐夜は視線から逃れるように俯いたまま急いで席に着いた。
前ではすでに授業を始める準備がされており、教科書の指定のページを開くように促している。
もちろん今日から登校した籐夜に教科書などない。
どうしようかと悩んでいると、急に机がくっつき間に教科書が置かれた。
おもむろに顔を上げると、口元に人差し指をあてた美少年が笑顔で籐夜を見上げていた。
そして口元にあてていた人差し指を机に移し、文字が書いている場所を軽く叩く。
するとそこには“私語厳禁!!夏目ちゃん、怒るとすっごい恐いの(>o< ;)”と書かれていた。
取りあえず喋ってはいけないということので籐夜は何度も頷くと授業に集中した―――――――――
1ヶ月のブランクは流石に辛い…休学していた籐夜などお構いなしに授業は進んで行く。
休学している間もきちんとし勉強していたはずなのに…とうな垂れる籐夜の肩を誰かがつついた。
今、籐夜の横には1人しかいない…横を向くと、満面の笑みを見せている美少年がいた。
「初めまして。僕、香月佐南って言います!!!佐南って呼んでね」
「は…初めまして。さ…佐南…」
「授業大丈夫だった?夏目ちゃんったら酷いよね~、次々進んじゃうんだもん」
「あっ、うん…ちょっとびっくりした」
「ノートならカズちんに見せてもらったらいいよ!!あれがカズちん」
カズちん?と首を傾げる籐夜に佐南は満面の笑顔で廊下側に座っているノンフレーム眼鏡をかけた少年を指さした。
見るからに優等生らしいその身なり。
ノートもきちんと綺麗にまとめられていそうである…
授業中に佐南のノートを覗き見た籐夜だったが、佐南のノートは本人しか理解できないであろう文字と数字の羅列で、正直授業のことを書いているのかさえ疑ってしまうものであった。
3時間目以降も籐夜は授業の進展具合に焦りを感じながらノートを取るのに必死になったのは言うまでもない…
しかし復学初日、とりあえず遅刻はしたものの疎外感を感じることはなく籐夜は1日を終えたのであった。
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「カズちん!!籐夜君って………面白いよね」
「…はぁ、あまり度が過ぎると生徒会から睨まれるぞ?」
「わかってるって!!俺が生徒会に見つかるような失敗はしないって!!それに…現会長だって同罪でしょ?」
「佐南」
「それにしても…籐夜君って見た目によらず純情っぽそうだからなぁ…早く啼かせたい」
放課後の静かになった校舎。
Aクラスでは竹原一衛と佐南が残って話をしていた。
もちろん話の内容はもちろん…籐夜のことである。
そして、いつものような愛らしい表情を見せている佐南はそこにはいなかった…
面白い玩具でも見つけたかのように瞳はギラギラしている。
どこか楽しそうな佐南に対して一衛は呆れたようにため息をつきながら帰りの準備をしている。
また佐南の悪い癖が……
獲物を見つけてしまえば佐南をどうにかできる人間はいない。
この佐南の悪い癖の所為で中学から泣いてきた人間を一衛は山ほど見てきた。
悪い噂が広まって馬鹿な行動をすることができなくなれば一番いいのだが、悪知恵は良く働くものだ。
なので佐南の悪い噂は流れることはない…
「馬鹿だな、佐南…」
「馬鹿じゃないもん!!!!」
いつか今まで自分の行ってきた行動が馬鹿なことだったと反省して、ちゃんとした相手が見つかればいい。
それまで一衛は佐南の隣にいることを決めていたのだった。