虎次郎は部屋に帰るなり鼻歌を歌いながらキッチンの前に立っていた。
そしてテーブルで大人しく待っている籐夜の目の前にはタコ焼き機……
「さて、そろそろ焼き始めるとするか」
「あっ、はい…いや、うん」
「…ははっ、ありがと籐夜」
同い年だし敬語は止めよう、それから他人みたいで嫌だから名前で呼ぼう…虎次郎が言った言葉っだった。
しかしつい癖で敬語になってしまうと籐夜が言うと、虎次郎は優しく除々に慣れて行けばいいと言った。
すぐに約束を破るわけにはいかない、籐夜は慌てて言い直すと虎次郎は微笑んで頭を撫でてくれる。
入寮早々襲われかけた籐夜だったが、虎次郎を嫌いになれない理由はまとっているオーラの所為だと思った。
すごく安心する……
そしてプレートが温まったことを確認してたこ焼きを焼き始めていると、そこにスープとサラダも加わった。
正直、虎次郎が料理をすると聞いた時は驚いた。
見た目は不良…なのに
「こ…虎次郎は料理するんだ」
「ん?あぁ、俺んち両親共働きだし、弟妹多いから長男の俺が頑張ってたってわけよ」
「でも…中学もここだよね?」
「頑張ってたのは小学生まで…中学でまさかの私立受験で日頃のうっ憤が爆発。受かったのはいいけど不良の道にまっしぐら、中高一貫で助かったよ…籐夜にも会えたしな」
そう言って籐夜にウィンクしてくる虎次郎。
その表情に籐夜は顔が真っ赤になるのを感じた。
「今は…」
「今はそんなことしてねぇよ。身なりこんなんだけどな!!それよりも籐夜の方が驚いたぜ俺、てっきり同類かと思ったし」
「お、俺は不良とか苦手だし…今はこんなんだけどちょっと前まではもうちょっと髪が長かったから今と印象違うと思うし…でっでも、もともと目つき悪いし人と付き合い悪いしあんまり良くは思われてなんじゃないかって思う」
「見る目ねぇなそいつら。こんなに素直で良い奴なのに……でも、これからが心配だ」
褒められることなどあまりなかったので、こうして面と向かって褒められることが恥ずかしかった。
しかし急に虎次郎の声のトーンが下がり、籐夜は不安の色を隠せなかった。
何が心配なのだろうか…
朝から気をつけろだとか、心配だとか言われたらこれからの生活が不安になる。
「俺…この学校でやっていける?」
「大丈夫だ。でもな…この学校の特色というか、当たり前になっていることに巻き込まれるかもしれない」
「それって何?みんな俺に“気をつけろ”って言うけど…」
「前科ありの俺が言うのもなんだが……中学高校とお盛んな時に男しかいない空間で過ごしていればどうなるかわかるか?」
籐夜は少し考えたが分からなかったので首を横に振り、虎次郎に話を進めてもらった。
「自然に求める相手が“男”になるわけだ。もちろんそこに恋愛感情がある奴もない奴もいる」
「虎次郎は…ある……の?」
聞くだけ野暮だったかもしれない。
籐夜は身をもって体験したではないか…虎次郎とキスしたこと、そしてその先にも進もうとしていたことを。
そのことを思い出し、身体が震えた。
虎次郎には気づかれないようにと必死に自らの力で抑えた。
虎次郎は一般男性なら女性に向ける目を男にも向ける訳だ。
「俺は…どっちもいける。でも…男とはもうないと思ってた」
垣間見えた虎次郎の本心…どこか辛そうだ。
籐夜は少し胸が締め付けられた。
少し理由を聞いてみたいが、そこまでの仲ではないし、話してくれないことは見て分かった。
籐夜は黙ったままでいると虎次郎はまた籐夜を真剣な目で見つめたまま話を続けた。
「これから俺みたいな馬鹿なことをしでかす奴は絶対出てくる。これで籐夜もわかるだろ?あの視線の意味…」
「わかった。でも俺なんか…」
「籐夜、自信を持てとまでは言わない。でもあんま自分を卑下するな。絡んでくる奴は籐夜の意思なんて関係ないからな」
「そうならない為にどうすればいい?」
「1人にならないことが大切だな…でもこの学校9割くらいは“男だけ”もしくは“男も”って奴だ。そうだな…竹原ならいいかもな」
「竹原…?」
「呼んだか?」
2人で真剣な話をしていた所、急に第三者が割り込んでくるとは思わず籐夜も虎次郎も体をびくつかせて驚いた。
視線を扉の方へ向けると部屋着に着替えた一衛が立っていた。
一衛は2人の様子を見て、虎次郎の方を一瞥するとテーブルの側まで歩み寄ってきた。
「竹原、チャイムぐらい鳴らせ!!!」
「先ほどのように何度鳴らしても出なくて何かあった後では遅いですからね、勝手に入らせてもらいました」
「おい、俺のこと信じてないだろ…」
「いや、それなりには信じてますよ?黒江君も何かあれば遠慮なく言ってください。俺は1年寮の寮長をしていますから」
「寮長?」
籐夜は素直に聞き返すと丁寧に一衛が教えてくれた。
各寮には寮長が3人おり、クラス関係なく舎監から任命される。
主な仕事は寮での秩序を守るための見回り…全部屋を3人で分担して見回りをしている。
その為寮長は全部屋のスペアキーを持っている。
普段はプライベートの為、勝手に入らないのだが寮長が緊急事態と感じた時は使ってもいいことになっている。
「それと…今日は別の用件で尋ねましたので晩御飯中ですし、さっさと終わらせてしまいますね」
そう言って一衛は手に持っていたファイルを籐夜に渡した。
手に取った籐夜はその量の多さに驚いた。
まさか…1ヶ月も休みだったので全教科の宿題でも出されたのかと思ったが、そうではなかった。
「明日からGWですけど、休み明けに全教科抜き打ちテストを毎年しています」
「中学からだから抜き打ちじゃないんだけどな!!」
笑顔で笑いながら言う虎次郎に一衛は冷たい視線を向けた。
何を言いたいのかわかった虎次郎は笑顔のまま表情を固まらせて頬の筋肉を痙攣させた。
「分かっていてあの点数ですか…情けないですね」
「うっうるさい!!!!」
「話を戻しますね。範囲は今までならった所…黒江君はいなかったので大変だとは思います。なので俺ので宜しければノートのコピーをしておきました」
それが先ほど全教科の宿題と思っていた紙の束であった。
籐夜は何度も一衛に御礼を言い、一衛も長居をしてはいけないと部屋を立ち去ろうとしていた。
しかし扉の前で一度立ち止まり振り返った。
「そう言えば…自己紹介がまだでしたね。竹原一衛です、同じクラスですし仲良くしてください」
「こっこちらこそ!!!!よろしくお願いします!!!!」
籐夜は椅子から立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
そしてまた一衛は思い出したように2人に言った。
「それから…寮長からの忠告ですが、最近強姦と盗難が増えています。お気を付けて…」
一衛が立ち去った後、2人は顔を見合わせて黙り込んだ。
そして一衛の言った意味を理解した籐夜は青ざめ、虎次郎は苦笑した。
To be continue…
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