昨日、最後に時計を見たのは3時を過ぎた頃だった…
それから記憶がないということは眠ったのであろう。
虎次郎の言葉が頭から離れない上に学校初日で身体は疲れていたのであろう。
目が覚めて時計を見ると11時を過ぎたとこだった。
慌てて飛び起きた籐夜は取り合えず施設に電話を入れる。
帰る予定の時間に起きるとは思ってもいなかった…
取りあえずブランチを食べてから寮を出ることにした。
そして勢いよく扉を開けて籐夜は慌てた…
「こ虎次郎っ……もういないよね」
11時を過ぎたなら既に部活へ行っているであろう。
1人で慌てた籐夜は自分の行動が恥ずかしくなった……
するとテーブルの上には1枚のメモ。
そこにはお世辞にも綺麗な字とは言えないが、男らしい角ばった字で書かれていた。
おはよう。昨日はよく眠れたか?思った以上に疲れてると思うし今日は寝坊だな。
だからテーブルに置いてあるもん食べて出かけろよ。
俺の朝ごはんの残りだけど鍋には味噌汁あるし、冷蔵庫にはリンゴむいたからたくさん食え!!!
洗いもんはしなくていいからな、シンクに置いといてくれたら俺が洗うし…てか洗わせろ。
藤夜が帰ってきたら今度は俺の手料理食わしたる、食道にも行きたかったら一緒に行こう。
じゃぁ、気を付けて行って来いよ。親孝行もちゃんとするんだぞ!!!
「虎次郎…字、間違ってるよ」
手紙を読み終えた籐夜は思わず吹き出してしまった。
まず籐夜の“籐”は草冠ではなく竹冠。そして“食堂”ではなく“食道”になっている…
そしてテーブルの上に置かれているお皿の上にはきちんとカバーがされており、それを取るとそこにはおにぎりとおかずが乗った皿が置かれていた。
虎次郎が作ったものは残さず食べようと味噌汁を温め、席に着いた籐夜は手を合わせて食事をし始めた。
しかし食事をしている間に気持ちが段々と沈んでくる…
それは虎次郎の“親孝行”という言葉。
虎次郎にすれば何気ない…当り前な一言だが籐夜にとっては重いものであった。
親を知らない…
いつかはきちんと話したいと籐夜は思った。
親のことだけではない、籐夜が1ヶ月もの間学校を休んでいた理由も……
「ごちそうさま…」
籐夜は手を合わせ食器を全てシンクに置いた。
洗いものはしなくていいと書いてはいたが作ってくれたのに何もしないのは気が引ける。
なので洗いものだけを済ませるとすぐに支度をして寮を出た。
学校はそれほど山奥にあるわけではないので20分も歩けば街におりる。
昨日があまりにも長く感じたので見慣れた風景が懐かしく感じる。
昼頃に着く予定だったが寝坊をしたおかげで既に14時を過ぎていた。
今の時間ならみんなはまだ学校だ。
気兼ねなく門を潜ると庭先で洗濯物を干していた院長に声をかけられた。
「あっ、籐夜君お帰り」
「ただいま…みんなはまだ学校ですか?」
「えぇ。また学校の話、ゆっくり聞かせてくださいね」
「はい!!あっ…手伝います」
「いいわよ。ゆっくり休んでみんなが帰ってきたら相手をしてあげて」
やんわりと断られ、せっかくなので居間でゆっくりすごしていると暫くして外が騒がしくなってきた。
せっかくなので迎えに行ってあげようと腰を上げたと同時に扉が大きく開いた。
なだれ込むようにして入ってきた子供たちが籐夜の存在に気づくとランドセルを背負ったまま飛びついて来た。
どうにか落ち着かせて相手をしているとまた扉が開いた。
「籐…夜っ」
「お帰り、凌」
今日帰ることは伝えていなかったので驚いたのであろう。
昨日まで一緒にいたのに久し振りに会ったような表情だ。
しかし凌は気まずそうに視線をそらすと何も言わずに部屋に戻っていった。
相変わらずな凌の態度に籐夜はため息をつくと子供たちから離れて凌が入った部屋の扉をノックした。
「凌、入るよ」
返事はないが籐夜は勝手に部屋の中に入った。
凌はベッドの上で背を向けて座っていた。
「凌、まだ拗ねてるのか?」
「……」
籐夜は声をかけるが凌から返事はない。
いつまで駄々こねているのか…籐夜は呆れると何も言わずに凌の横に座ると片腕で凌を後ろから抱きよせるように腕を回した。
そして手が肩に触れた瞬間、凌の身体が強張った。
「凌?何かあったのか…」
「何もない…」
「じゃあ何に拗ねてんだ?言ってくれないとわかんない」
抱き寄せても凌は背を向けていて籐夜からでは表情がわからない。
そして少し籐夜の苛立った声に反応したのか、凌は恐る恐る口を開いた。
それはとても小さな声で…
「籐夜は寂しくない…?」
「寂しい?……すっごい寂しいよ、でも俺はもう高校生だ。これ以上ここで世話になるのも気が引ける。少し…自立したい気分なんだ」
「でも何で…何であんなことがあっ」
籐夜は凌が怖がらないように優しい声で喋っていると、勢いよく凌が籐夜の腕の中で振り返った。
2人の距離はほんの数センチ…
しかしドキドキするとか以前に凌は自分の言ったことを後悔した。
罰が悪そうに籐夜の顔を見上げる凌。
籐夜は凌が何を言おうとしていたのかわかってしまったが、何も言わずに頭をなでた。
「確かに知らない人と関わるのは少し恐い…でも皆がずっと傍にいてくれたから、たった1ヶ月でちゃんと人と関われることができたんだ。凌にも迷惑かけた…」
「迷惑とか…本当は俺がっ」
「凌、俺は凌に何かあったら耐えらない。だから自分を責めるな……これで良かったんだ」
「良くないっ!!」
「…凌、終わりにしよ?やっぱまだ辛い」
「あっ、ごめん…なさい」
初めは微笑んでいた籐夜だったが次第に表情は曇り抱き寄せている手が小刻みに震えている。
それでも籐夜は震える手で凌の頭をなでると黙って部屋を出て行った。
引き止めることもできず、凌は籐夜が出て行った扉をジッと見つめることしかできまかった。
To be continue…
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